おはようございます。
今日は3月12日。昨日で東日本大震災から15年が経ちました。
あの日、私は都内の高層ビルで仕事をしていました。
突然の大きな揺れとグチャグチャに荒れたオフィス、止まらない余震、窓の外に見えた火災の煙。
あの瞬間に感じた恐怖や無力感は、今でも身体の奥に残っています。
時間が経っても忘れられない記憶と共に、この3月12日の朝は
「生きていることは当たり前じゃない」
という事を毎年感じさせてくれます。
昨日もコラムを書こうとPCを開きましたが、それよりもやるべきことがある!と思い立ち、大切な人の顔と名前を一人ずつ思い浮かべながら、生きていてくれてありがとう♡と心の中でつぶやきました。
気づけば40分以上経っていて、おそらく100人以上に感謝を届けられたのではないかと思います。
“当たり前”が揺らいだ瞬間、感謝の原点になる
今日も起きられたことは、実は奇跡の積み重ね
震災を経験した人の多くが口にするのは、「日常は一瞬で壊れる」という現実です。
家があること。
家族や友人が無事でいること。
仕事があること。
誰かと笑い合えること。
どれもいつも通りの日常に思えるものも、実は奇跡のような積み重ねです。
私は毎年3月12日になると、こう思います。
「今日も起きることができた。それだけで感謝!」
朝、目が覚める。
体が動く。
大切な人の声が聞こえる。
この当たり前のような瞬間が、どれほど尊いかを震災が教えてくれました。
当たり前は当たり前じゃない。だからこそ“今”を大切にできる
日常の中にある小さな幸せに気づく力
前回のコラムはこうでした。
感謝が人生を変える時代に、誰と「ありがとう」を育てるか。aisaitoが導く新しい結婚の選び方
サンキューの日、誰かに感謝を伝えましたか?
そして、生きていられる自分の境遇に、ありがたさを感じましたか?
私たちは便利さや忙しさの中で、つい“当たり前”を積み重ねてしまいます。
朝ごはんを食べること
家族が「いってらっしゃい」と言うこと
仕事があること
帰る場所があること
これらは決して保証されたものではないのです。
だからこそ、
「今日もまた新しい一日が始まった」
という事実に、そっと感謝を向けることができるのだと思います。
感謝は、特別な出来事のためだけにあるのではなく、日常の中にこそ育つものです。
震災が教えてくれた、本当に大切なものとは
誰かがそばにいることも、当たり前ではない
震災の日、連絡が取れない家族や友人のことを思い、胸が締めつけられた経験をした人は多いはずです。
さっきまで普通に使っていた携帯が、今は通話も通信もままならない…
あの日ほど、
「人は一人では生きられない」
ということを痛感した日はありません。
誰かが心配してくれる
誰かが支えてくれる
誰かと気持ちを分かち合える
これらもまた、当たり前ではない、ギフトです。
震災は多くのものを奪いましたが、同時に“つながりの価値”を強く教えてくれたような気がします。
「ありがとう」を思い出す日が、未来を変える
前回のコラムでは「ありがとう」の力について書きました。
そして今日は、その「ありがとう」が生まれる前提となる「当たり前じゃない」という気づきについて考えています。
当たり前じゃないと気づくと、自然と感謝が生まれます。
今日も生きている
今日も大切な人がそばにいる
今日も笑える
今日も働ける
これらに気づける人は、人生の幸福度が高いと言われています。
もう一度、日常の尊さを思い出してみましょう。
“今日を生きられることへの感謝”を、これからの人生にどう活かすか
私は、このaisaitoを立ち上げた理由を日々のコラムでも書いております。
それは、
日本人の幸福度を上げ、毎日幸せを実感する人を増やしたい。
そのために自分の命を使いたい。
という覚悟からです。
「日本人」と限定するのは排除のためではなく、まずは自分のアイデンティティに近い人を幸せにできてこそ、その先に広がりがあると信じているからです。
私の信念と夫の信念が重なり、まずは身近な人から、そして日本全体へと、幸せの輪を広げていくことを目指しています。
これを読んでくださっている皆さんは、これからの人生をどう生きたいですか。
もしその想いを話してみたくなったら—— いつでも、お話を聞かせてくださいね🌸

今日を生きられることに、そっと感謝を
震災から15年。
あの日の記憶は、今も私たちの心に静かに残っています。
だからこそ、「今」という瞬間を大切にしたい。
今日を生きられることに、そっと感謝したい。
当たり前は当たり前じゃない。
その気づきが、人生を豊かにしてくれますよ。
今日もここまでお読みいただきありがとうございました!!
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